ロッテ、歯につきにくいキシリトール・ガムを食べながら書いてます。 2週間のご無沙汰でした、司会の佐野芳彦です・・・・・・意味わかんないか。 「麻生」と書いて“アサオ”と読む。太郎じゃない。川崎市麻生区のこと。 突然でもないが思い立って、事務所兼仕事場を五反田から百合ヶ丘に移した。 東京都はおおよそ東西に長く南北に短いが、五反田を真西に向かうと川崎市に入って再び東京都になる。つまり、神奈川県が大きく食い込んでいる。それは多摩川に沿って県境が引かれているからだ。 新宿から小田急に乗ると、下北沢、成城学園前、百合ヶ丘を経て町田(東京都)に至るが、土地勘が乏しくて、百合ヶ丘が川崎市であることを知らなかった。 五反田の事務所は11年になるが、創作の本拠地にしていたわけではない。プリプロと呼ぶ下作りが主で、本格的な作業は兵庫県の山にあるアトリエを中心にしてきた。それが最近、頻繁に往き来する時間が取れなくなってきた。 昨年の暮、コンピュータにインストールするソフトウェア・シンセを大量に導入した。長い間「こりゃ使い物にならんワ」と敬遠してきたが、PCの性能アップにつれて格段に音が良くなった。いまやハードウェアのシンセを山積みする必要性が薄れてきた。そのことも事務所移転を後押しした。 五反田のプリプロルームは窓なしの4畳半。それに対しアトリエは、巨大窓の30畳。 音楽は空気を震わせるのが仕事だから、空気の量が少ないと音楽のスケールも小さくなる。 しかし大量の設備を必要としなければ8畳もあればいい。さらに窓があって、精神的に外と繋がってさえいればスペースは無限大。 音楽スタジオというと、ふつうは完全防音で密閉された空間を想像するが、それはハイテンションな短い時間を受け止めるためのもので、恒常的な創作活動には息が詰まる。 だいぶ前、仕事で行ったミュンヒェンのスタジオが林の中で、大きな窓があった。アトリエを作るとき、そのババリア・ソナースタジオを参考にした。ハイテンションとリラックス、つまり日常的な創作活動に理想的なのだ。 出来上がった音楽を風景の中に置いてみるのも重要で、それには窓が要る。よく、録音スタジオで創った音楽を後で聴いて、失敗したと感じることがある。創っている時に感じなかった違和感が生じるのは、多くは、風景の中で聴いてみなかったことによる。それは都会の雑踏か田園風景であるかを問わない。 五反田は今、40階もある高層マンションの建設ラッシュで様変わりしつつある。隣の大崎は、すでにテクノが似合うサイバータウンのようになった。羽田にも新幹線の品川駅にも近く、仕事には便利で悩むところではあるが・・・・・・。 そこで、都心まで30分、窓から樹木が見えるマンションを探したら百合ヶ丘にあった。ただし駅からは歩いて15分。しかも小高い丘が多くて坂だらけ。後期高齢者ならば要タクシー。 もともと仕事の打ち合わせといっても、こちらから出向くのがほとんど。だいたい経済社会では、下請けや小さい方の会社から大手にお伺いするのが常。ヒエラルキーの最下層に位置する我がト・ヘンinc.で打ち合わせするのは稀。吹けば飛ぶような我が社でもバカにせず足しげく通ってくださる大企業の方もいるが、そういう人は得てして歩くのが好きだったりするから、ま、いっか。 要は、こちらが少しの不便さえ覚悟すればいい。で、覚悟した。 決め手は、建物を覆う広葉樹だった。 草木を差別する気はないが針葉樹が苦手で、特に松とか槙には登って遊んだにも係わらず、どうも居心地が悪くて食指が動かない。 築30年になる3階建てのマンションは地域では最古参らしく有名で、ゆったりとした敷地に大木が生える。周囲からは少し浮いていて、そこだけ昭和が残ったような佇まい。今は表参道ヒルズになった同潤会青山アパートに似ていなくもない。かつては高級マンションであったらしい。 広葉樹の名前は知らないが、地上近くから幹がいくつにも分かれていて、背は建物を越える。仕事場に決めた3階の部屋の窓から、その葉に触れることができる。 事務所スペースにした隣の部屋は、さらに樹に近い。近いというより窓一面が樹で、その中に居るようにも思える。子供のころ、大木の中にある家を夢想したものだ。 こうして書いている間にも黄色に紅葉し切った葉が、ちょっと威勢のいい風が吹くたびにカサカサカサと意外に大きな音を立てて、シャワーみたいに落ちてゆく。 そんなだから、半円形のひさしが伸びる建物の入り口の階段には、パリッと乾いた枯葉がいつも積もっていて、外から戻るたびに靴が気持ちいい。 仕事場は畳の8畳間。ベランダに面した窓は掃き出しで、大きな升目の障子が入っている。 椅子に座って仕事をする都合上、畳では具合が悪いので防音カーペットを敷いた。そうしてみたもののキャスターの動きはイマイチ。キーボードからコンピュータに移動するとき、椅子がオシリに着いて来てくれずにツンのめったりする。次の課題としよう。 思いがけぬ幸運もあった。というより最大のラッキーだが、この部屋は音がいい! たぶん畳が適度に吸音するのだろう。それに障子と襖も合わさって、厭な響きや低音の籠りもなく実に素直な音がする。これまで仕事場にした中で最高かもしれない。 ふつう新しい音に馴染むには時間がかかるものだが、この響きのお陰で、ドキドキもので臨んだNHKの初仕事もスンナリクリアした。こうして書く時間も取れたという次第。 エレベーターもオートロックも監視カメラもないこの建物を、僕は至極気に入っている。 ・・・・・・てなわけで、来週も(横道)が続きそうな気配。
佐野芳彦
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